からだ・はうす ヒストリー

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瀬戸社長の「からだ・はうす」物語 PART1、夢の始まり。 夢は、実現するから、夢。 これが瀬戸社長の夢の始まり。 |
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一つの夢がかなうと次の夢も動き始める。からだ・はうすが、少しずつ広がりを見せ始めた。 アロマテラピーも普通のマッサージも、他人とふれあい、人の心と身体を癒す仕事ではあるが、マッサージを行う人の気持ちしだいで、その結果は全く変化する。 |
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| PART3、夢は望む人の元におとづれる からだ・はうすを平成8年にオープンしてから、クイックマッサージやアロマテラピー(其の頃は、アロマテラピーという名前がなかったので、ハーブエステと呼んでいました。)を中心として、少しずつお客様が集まり始めた。とてもありがたいことだ。 それでも最初は、今まで学んできたスピリチュアルなヒーリングも入れようと思い、バッチフラワーレメディやエドガーケイシーの治療法なども取り入れたり、気功治療も行ったりしていたが、そちらの方は、あまりパッとしない。やはりお客様は、しっかり身体に感じて気持ちのよいほうへと流れていく。 しかし平成9年になって、オーナーが、足裏マッサージを友達から習ってきた。勿論、英国式とかリフレクソロジーなどという言葉さえもまだなかった時代だ。私の店のウィンドーにはまだ、大きく「足つぼ」という名前がはってある。今では、とても恥ずかしくて使えない名前だ。しかし、10年前は、足裏マッサージもしくは足つぼと呼ばれていた。 私は、オーナーから足裏マッサージを受けたとき、これほど痛いものが、はやるはずはないと思っていたが、彼女の勧めで、店のメニューに入れてみた。 そしたら、彼女の思惑とおり、女性達を中心に大ブレークした。鹿児島の街中で、足裏マッサージなどをやっているのは、私の店だけだったので、お客様が並び始めた。1日で20〜30人来ることもあった。勿論マスコミもこぞって取り上げ、からだ・はうすは一躍有名店となった。 勿論1〜2年たつと日本中で、リフレクソロジーのとてつもないブームが沸き起こった。今でもリフレクソロジーの人気は根強い、やはりセラピーとしては本物なのである。ただし、行う人によって・・ではあるが。 私達は、ベッドにお客様に横になったまま行う独自のスタイルを開発した。通常のリフレクソロジーは、リクライニングチュアに横たわって行うスタイルであるが、からだ・はうすスタイルは、指圧マッサージやアロマテラピーと同じ場所でできるように、ベッドで行えるように改良した。おかげで、場所を移動しなくてもよいので、非常に効率がよい。 この足裏マッサージは私達にとって、救世主となり、お客様の来店数もまた売り上げも飛躍的に上がり、私達が、次の夢をつかむための大きな力となった。 まさに夢は、望む人の元に、それを実現するために訪れる。 夢は自らを実現してもらいために、実現する意思を持つ人の元に訪れるのである。 |
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今回は、街中にあるテナントではなく、始めから、私達が使用することを前提として、知人がテナント用の建物を作ってくれた。そのために、オーナーとデザイナーが、打ち合わせをし、サロンとしての理想の形を作り上げる事に成功した。 |
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| PART12 夢の最終章 からだ・はうすの新しい流れ 12年前、小さなテナントとして、天文館に「からだ・はうす」をオープンさせてからいくつものサロンを作りあげてきました。そのひとつひとつが個性的で異なる役割と目的を持ったサロンでした。 女性専門のサロン「からだ・はうすレディス」は、当時鹿児島で初めての女性専用のマッサージルームとしてH8年にオープン。H19年には、当時鹿児島最大の商業施設であったアミュプラザ鹿児島における「シャプラ・アミュプラザ」として引き継がれました。 また鹿児島最大の温浴施設「野天風呂薩摩いろはの湯」のマッサージルームは、温泉と共に気軽にマッサージを楽しめるお店として、今でも数多くのお客様を、お迎えしています。 そしてヒーリングサロンの流れを作ってきた「シャプラ照国」、贅沢な1軒屋のデザイナーズ・ハウスそのものがおしゃれなサロンとして作られたのです。 その流れを引く「シャプラ・サンロイヤル」は、鹿児島有数のシティホテルの12階につくられた、からだ・はうすグループ最大のサロンです。ここでは、ホテルに宿泊される方たちへ、トリートメントの施術を提供させていただいております。お客様の中にはプロのスポーツ選手や芸能人、政治界・経済界でご活躍される方たちも数多くご来店されております。 郊外型のショッピング・センター「オプシア・ミスミ」にからだ・はうすオプシア店がオープンしたのはH19年の11月でした。ヒーリングアートのギャラリーを併設し、生活密着型のサロンとして誕生させました。 そして夢の最終章は、「シャプラ・ウエルライフ」。女性の専門病院とのコラボレーションにより、女性のためのトータルケアを行うための施設の一翼を担わせていただくことになりました。 そして、ここがまた、私どもの新しい夢の始まりになることでしょう。 |